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パタヤ日記(7)
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<6日目>
朝、目覚まし時計に起こされ目を覚ました。
朝食のチケットもあと一枚である。
今日は12:00にロビーに集合して、バンコクへ向かわなければならない。
私たちは最後の一枚のチケットを持ち部屋を出て、最後のホテルの朝食を食べた。
もちろん今日もみそ汁を飲んだ。
朝食を済ませると、もう9:00を回っていた。
私たちはホテルのプールへと向かった。
時間も早かったため、プールには私たち以外に3人しかいなかった。
ビーチマットでくつろぎ、最後の泳ぎを楽しんだ。
私たちは11:00前に部屋に戻りシャワーを浴び、荷物をまとめている。
"ああ、もうパタヤも終わりか"と思いながら12:00にホテルのロビーに行き。
チェックアウトを済ませた。
しばらくするとガイドが迎えに来て、私たちはパタヤを離れバンコクへと向かった。
車には私たち以外には客がいなく運転手とガイドだけであり、車内ではくつろぐ事が出来た。
パタヤを離れる風景をなごり惜しみながら車の揺れに眠りをさそわれ、しばらく眠りに就いた。
バンコクへ向かう途中にコンビニへ立ち寄り、ジュースやお菓子を買い、車に乗り込むとバンコクへ向け再び走り始めた。
車は他の車と争う様に進んでいくと、だんだんと高い建物が見えてきた。
パタヤを出て2時間ほどたちバンコクのソル・ツインテワーズホテルに着いた。
時計を見ると14:30であった。
これから21:30にこのホテルに集合と言うことになった。
バンコクでのフリータイムである。
時間は7時間もあった。
私たちは荷物をホテルに預かってもらいホテルを出た。
ホテルに前には一台のトゥクトゥクが止まっていた。
側には運転手らしき青年が立っていた。
私たちはこのトゥクトゥクに乗り出かけようとしたが、この運転手が言うには、トゥクトゥクには乗ることが出来ないと断られてしまった。
しかたなくホテルの前に出て歩いていくと、一台のトゥクトゥクの運転手が声をかけてきた。
私たちはスネークファームに行きたいと告げると、運転手は「ショッピング、ショッピング」と繰り返した。
ガイドブックの場所を示したが運転手は再び「ショッピング、伊勢丹」と言った。
私たちは、"これはダメだ"と思い、このトゥクトゥクには乗るのをやめた。
歩きはじめてもトゥクトゥクの運転手は私たちの後に付いてきた。
私たちは再び断り歩き出した。
トゥクトゥクの運転手は店に連れて行き、マージンを得ようとしているのであった。
私たちは次にメータタクシーをつかまえ、スネークファームヘ行きたいといいながらガイドブックを見せた。
タクシーの運転手はしばらく迷っていたが「OK」と言い車が走り出した。
しばらくして着いたところは、私たちが行きたかったスネークファームではなく、ドゥシット動物園という所であった。
私たちは、"まぁいいか"と思いながらタクシーを降りて動物園へ入った。
ここは一人30バーツであった。
トラやオラウータンなどの動物がいたが、それは別に珍しいものではなかった。
売店でくつろいでいると目の前には大きな池があり、白人が池にパンを投げると鯉らしき魚がその餌に群がっていた。
陸に落ちたパンにはカラスやハトがやって来て餌の奪い合いをしている。
しばらくして私たちはパッポン通りへと向かった。
しかし時間がまだ早かったので、出店のお土産店は開いていなかった。
このパッポン通りは夜の19:00時を過ぎて、やっと店を組み立て初め商品を並べるのである。
私たちはアディダスショップに行ったが特に買いたい物はなかった。
ここへいてもしかたがないので、ノボテルホテルの近くのコカへ行くことにした。
このコカはバンコクに来るたびに来ている所なのだ。
店に入るとパタヤのコカとは違い、客と従業員の数が多い。
ここは私が知っている限りでは1階から3階までがコカである。
従業員の子も何度も見慣れた顔の子がたくさんいた。
いつもの通りビアーシンを飲みタイ風しゃぶしゃぶを食べて、最後におじやを食べた。
そして私たちは再びパッポンへと向かった。
パッポンに着くと有馬温泉に入った。
ここもタイ式マッサージである。
私はバンコクでははじめてタイ式マッサージの店に入った。
時間は1時間だけにした。
マッサージの女の子はここに日本人が多く来るせいか、Hな日本語をしゃべり、U氏と楽しんでいた。
店を出てパッポン通りに出ると既に出店が開いており活気に満ちていた。
私たちは時間を気にしながら急いで最後の買い物をした。
買い物を済ませると、メータータクシーに乗り込み集合場所のホテルに戻った。
道がすいていたため21:00にはホテルに到着した。ホテルにはガイドが既に待っていた。
荷物を車につぎ込むと車は空港へと向かって走り出した。
空港へは22:00に到着した。
空港使用料は250バーツから500バーツに上がっていた。
ガイドと別れ空港内に入り、軽く食事を済ませゲートへと向かった。
よく人に「何でタイばかり行くの?」と言われる事がある。
私はその人に言ったことがある。
それは「タイより面白いところが他にあるの?」と尋ねると、その人たちはタイを経験した事の無い人であるし、そもそも海外をほとんど体験した事の無い人なので、私の質問であるタイより面白いところはここだと具体的に言える人はいないのである。
その様な事を言われる事が幾度となくあったので、人に「なんでタイばかり行くのか?」と尋ねられると、私は「そこにタイがあるから」と答える様にしている。
そして飛行機は日本へ飛び立った。
− 続く −
その後U氏はサバーイ大臣からサバーイKingとなり、タイの1000バーツ紙幣にそのサッパリした顔が印刷される人物になることなど、この時は誰も知る人はいなかったのである。