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パタヤ日記(2)
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<1日目>
朝めざまし時計の音で目がさめた。
耳には耳栓をしている。
私は物音が少しでもすると眠れないというわけではない。
どうして耳栓をしているかと言うと原因はU氏である。
U氏のいびきは私が知りうる限りでは1番すごいのである。
初めてU氏とパタヤに旅行に来た時はU氏が耳栓を持っていて、いびきがうるさいからと言われ耳栓を貸してもらった事がある。
その時はU氏はいびきだけではなかった。
朝めざましが鳴る少し前に目を覚ました時の事である。
U氏は寝ながらゲラゲラと笑っていた時があった。
それ以来U氏とパタヤに旅行に行く時は耳栓が必需品となったのである。
そう、U氏とパタヤに行く前の2〜3週間前になると、横浜の東急ハンズで買い物をする事にしているのだ。
湯沸かしの棒は海外で生活するにはNo.1のヒット商品であった。
朝に飲む一杯の日本茶や日本で買ってきた赤いきつね、一平ちゃんやきそばを食べる時には欠かせないものとなっている。
U氏はタイでウケるためのカツラやメガネ、ムキムキボディーなどを買い、私はタイで恵まれない子供たちのためにプレゼントを買っているのだ。
2人とも起きてしばらくすると朝食をとるため部屋を出た。
持ち物は朝食チケット、醤油、みそ汁、お椀、割箸である。
このみそ汁もいつしか旅の必需品となっていた。以前パタヤに来た時に下利で苦しんだ事がしばしばあった。
携帯用の正露丸を全て飲み干した事もある。
この事とみそ汁とどの様な関係があるかと言うと、私は日本では毎朝みそ汁を飲んでいる。
みそ汁を飲む事により普段と同じ腹の具合にならないか?
正確に言うと腹の具合をごまかせないかと思い、みそ汁を飲んでいる。
私にとっては一種の薬であった。
このホテルのレストランはかなりいい。
種類もたくさんあり、目玉焼きやオムレツを作る専用のコックもいる。
そして驚いた事に、そこにはみそ汁まで用意されていた。
しかし、私たちは日本から持参したみそ汁を飲んだ。
朝食をすませ部屋に戻ると海パンに着替え、ホテルの目の前のパタヤビーチへ向かった。海にはボートが浮かび浜辺にはパラソルが花のように咲いている。
天気は曇っているため今日は焼けそうになかった。
しばらくビーチチェアーに寝そべりくつろいでいると、小鳥が入ったいくつもの鳥かごをかかえた少女が私たちの前で立ち止まった。
私はU氏と顔を見合わせ笑った。別にこの鳥かごを持った少女がおかしいから笑ったわけではない。
昨年U氏とパタヤに来たときにジョムティエンビーチで同じ鳥かごを抱え小鳥を売っている少年を見つけ写真に撮った事があった。
そして、今年の初めにまたU氏とパタヤに来てワット・プラバードという寺院に行ったとき、この少年と再び出会ったのである。
そしてこの少年は1年の間に写真に写っている姿からかなり成長して、大きくなっていたのを思いだしたからである。
そしてこの少女はあの時の少年の妹であると勝手に思い込んだから笑ってしまった。
この小鳥は飼うために売っているのではなく、小鳥を買い大空に向かって飛ばし願い事を唱える一種の幸せの青い鳥なのである。
しばらくビーチでくつろいでいると、U氏は「床屋に行ってくる。
待合わせはホテルのプールで」と言い残しビーチを後にした。
1人で30分ほどビーチにいたであろうか。
その時、突然雨が降ってきた。
5分ほどで雨もやみ、私はビーチを出てホテルに向かおうとしたが、突然サウスパタヤまで行きたくなりビーチ沿の店を見ながら歩きだした。
店にはコウモリ、カブト虫、さそり、蝶などが額に入って売られている。
もちろん偽物の時計や偽物のサイフも売っている。
まだ夜ではないので出店は少いが、夜になると昼とは異るにぎわいをみせるのがタイでありパタヤである。
私は水、ビール、氷を買い込みホテルへ戻った。
ホテルに戻るとU氏がプールサイドのマットで寝ていた。
U氏はマットが好きらしい。
髪も短くなってサッパリしていた。
U氏はサッパリするのが好きだから別の場所に行っていてもおかしくないが、本当に床屋に行っていたようだ。
私達は腹もへっていたので先程の買いものした物を部屋の冷蔵庫に入れてから、サウスパタヤで飯を食うためにタクシーでサウスパタヤへと向かった。
先程歩いた時は20分位かかった道のりをタクシーでは2〜3分で到着した。
サウスパタヤではアメリカン風の店に入りシンハービールとホットドックとタイ料理のスープを頼んだ。
私達は空腹を満たし、顔なじみのお土産店へと向かった。
顔なじみのお土産店は2軒あり、1つは貝、せともの、財布、ネックレスなどを売っている店である。
まず、その店から訪問する事にした。
店に入るや否や、店のおばちゃんと目が合った。
おばちゃんは目を丸くして私達に声を掛けてきて握手を求めに来た。
はっきり言ってここでは今までいろいろなおみやげを買ったため特に買うものがなかったが、パタヤで使おうと思っていた財布が盗まれたため財布を買う事にした。
財布は定価の値札が付いていたが、おばちゃんに値段を尋ねるといきなり半額の値段が帰ってきた。
また、この店では小さな貝殻が付いたようじ入れが安いため、それも買った。
この店にはおじさんとおばさんとアルバイトらしき20才位の女の子の3人がいるが、おじさんの姿を見る事は無かった。
次にこの店の近くのTシャツ店を訪れた。
店を見ると知っているおばちゃんの姿が見えなかったので店には入らず店の前を通り過ぎた。
以前、パタヤに着いた初日にこのTシャツ店を訪れた時に、Tシャツを何も買っていないにもかかわらず、おばちゃんはビンのコーラにストローを付けて私達にごちそうしてくれた。
このときはゴーゴーバーの帰りでウィスキーコークをたくさん飲んでいたので腹がパンパンで、コーラを1本飲み干す余裕は無かったが気持ちが嬉しかったのを思いだした。
しばらくして私達はホテルに戻りシャワーを浴びた後、これからどうするかをU氏と話し合った。
文頭でU氏がどの様な人物であるかを省略したが、これ以降のパタヤの生活でおのずと理解していただけると思ったからである。
実はU氏はタイ語で言う「タルン」「ラモ」な人物なのである。
このパタヤ日記は真面目であるため、この言葉の意味は自分自身で調べていただきたい。
私は「マイ・タルン」「マイ・ラモ」な人間であるため、夜の行動範囲はU氏と異る事になる。
U氏はどうしてもい行きたい場所があると言う。
私はそれがどこであるかを聞かなくてもだいたい分るため、このときはあえて聞く事はしなかった。
その場所とは「サバーイ・ルーム」「サバーイ・ランド」と言った名前の店らしい。
私もパタヤに何度も来た事があるので、その店がどこにあるかは知っている。
自分で言うのも何だが、私は真面目な人間であるため、その様な店へは行く気にはなれなかった。
U氏は期待に胸を膨らませ、そして股間も膨らませ夜の町へ向かって行った。
一人部屋に残された私はヘブン博物館へ向かう事にした。
そこはパタヤに来ると必ず行く場所の1つなのである。
私は部屋を出てフロントにルームキーを預けると、ホテルを出て2nd
Roadでタクシーをつかまえる事にした。
ヘブン博物館はパタヤの中心からやや離れた所にあり2nd
Roadからノースパタヤに向かい右へ曲がらなければならないため、タクシーに乗る時は少しコツがいる。
そのコツとは走っているタクシーに、この2nd Roadを曲がる事を手と指を使いジェスチャーで知らせるのだ。
そして何台かのタクシーがとおり過ぎた後、1台のタクシーが止まりそのタクシーに乗り込んだ。私以外に数人の客が乗っていた。
タクシーは2nd Roadを走り右へ曲がると、1人また1人と乗客が降りていった。
タクシーは以前泊まった事のあるロイヤルセンチュリーホテルを過ぎFood
Landを過ぎヘブン博物館の近くの交差点の手前で私はタクシーを降りるためブザーを鳴らした。
残りの乗客も一斉にこの場所で降りタクシーの運転手にタクシー代をはらう、私も5バーツを支払うと交差点を渡りヘブン博物館に入場した。
中に入ると15人程の従業員がいた。
私は顔見知りのティップ、テクという名前の人を探したが、この時に見つける事は出来なかった。
いろいろ見てまわり5分後、私は従業員の子にはなしかけた。
「サワディー・カップ」
「サワディー・カー」
「クン・チュー・アライ?」
「チュー・ムウ」
「アーユー・タオライ?」
「イーシップ・ハー」
名前はムウで歳は25才であった。
彼女はベトナムとカンボジアよりのウボンラチャターニー出身で5月ごろから働いているという。
私がここへ来る目的は博物館の中を見るのが本来の目的ではなく、タイ語やタイの文化を学のが目的であった。
私はメモ帳を持っていなかったので、タイ語の本とボールペンを渡し、本の空白の部分にタイで今、流行っているタイの音楽をタイ語で書いてもらった。
私はタイ語、英語、ジェスチャーを交えたその時を楽しんでいた。
そして、2時間後にこの博物館を出た。
私は外に出るとタクシーをつかまえパラディアムへと向かった。
パラディアムに行く途中、ゴールドショップが見えた。
タクシーの荷台からゴールドショップを見ると暗い町の中に多くのゴールドが店の灯りの中で輝いていた。
ゴールドショップとは、店の中、全てがゴールドのネックレス、指輪が並べられ売られているのである。町の中を走っているとU氏が来たあろう、または今いるかもしれないサバーイルーム、サバーイランドの店を走り過ぎて行った。
今は道路の工事をしていてところどころ道が片道1車線になっているため渋滞していた。
しばらくするとパラディアムが見えたのでブザーを鳴らしタクシーを降りた。
初日にもこのパラディアムのタイ式マッサージを訪れたが、私は1日1回はタイ式マッサージを受けたいと思っていた。
店の中へ入ると昨日に比べマッサージの従業員が多かった。
だいたい50人位いると思う。この店は100人位従業員がいるので、かなり空いている事が分った。
2時間のマッサージを受けるため400バーツを支払いマッサージをしてもらう人を選ぶため50人位いる従業員が座っている前に立ち、目を皿のように回し物色している。
マッサージをする人は全て女性である。
若ければ10代後半から40代のおばちゃんまでいる。
編み物をしているものやテレビを見ているもの、そしておしゃべりをしているものと様々である。
衣装は普段着に白いカッポウ着の様な服をはおり、左胸には青くて丸い番号札を付けている。番号は3桁までの数字が書かれている。
タイではタイ式マッサージやゴーゴーバーなどの女性はゼッケン番号が付けられているのである。
私は今日のマッサージは誰にしようか迷っていると「Sabaimon-
」と誰か呼ぶのである。
Sabaimonとは、私、鯖井門ではないかと思い、声が聞こえる方向を見ると、そこには知っている顔の子がいた。ポンムである。ポンムは前回ここへ来たときにいつも指名していた子であった。
年は22歳で、お姉さんもこの店につとめている。
お姉さんは日本語がじょうずで、この子よりも奇麗であったのを覚えている。
私は迷わずこのポンムを指名した。
マッサージを受ける前にパジャマに着替える。マットの上には既にパジャマがあったが、ポンムはパジャマが無いと思い、もう一つパジャマを取りに行き私に差し出した。
カーテンを閉められ私はパジャマに着替えながら、もう1つのパジャマは鞄の下に隠しておいた。
パジャマに着替え終わり、私は「OK」と言った。
OKと言わなくても彼女たちはカーテンの隙間からよくチラチラとこちらを覗いているので、別にOKと言わなくても、彼女たちはカーテンの中へ入るタイミングは分かっていた。
部屋の中はクーラーがガンガンにきいているが日に焼けた肌にはちょうど良い。
マッサージの2時間は長いと感じる人も多いと思うが、実際に受けるとそれはあっと言う間である。
以前、ここに来たとき"ずら"をポンムにかぶらせ写真を撮った事があった。
私はタイに着くまでこの写真を日本から持ってきたと思っていたのだが、何枚か持ってきた写真を見るとポンムが写っている写真を忘れてきた事に気が付いた。
ポンムに日本から写真を持ってくるのを忘れたと言うと、ポンムは少しムッとしていた。
たわいも無い話しをしてマッサージを受けていると、あっという間に2時間がたっていた。
ポンムはカーテンを閉め私はパジャマからTシャツ、半パンへ着替えをした。
そして先ほどバックの下に隠しておいたパジャマをカバンの中に入れ、自分のおみやげにしたのである。
着替えを済ませ受付の方へ向かうと、ポンムが何か言いたそうにみつめている。
そう、チップがほしいのである。
自分から感謝をしてチップを渡すのはいいが、相手にチップと言われて渡すのは好きでなない。
"まぁいいか"と思い40バーツほど渡し店を出た。
タクシーをつかまえホテルへと向かった。
タクシーは1st Roadを通りホテルの前でブザーを鳴らした。
今回泊まっているホテルの敷地はかなり広かった。
1st Roadと2nd Roadのどちらからでも出入りができるのである。
ホテルの受付でRoom Noを告げRoomキーを受け取り部屋へ向かった。
キーがあるという事は、まだU氏は戻ってきていないのである。
私が部屋に戻ってから10分ぐらいしたころ部屋をノックする音が聞こえた。
ドアを開けるとU氏がサッパリした顔をして部屋に入ってきた。
しばらくして私はシャワーをあびウィスキーをたしなみながらテレビを見ていた。
U氏はシャワーをあびなかった。
そう、U氏はシャワーをあびる必要がなかったのである。
時間は夜の1:00を過ぎていた。
私はU氏が今夜あった出来事を思い浮かべ寝ながら笑わない様にと思いながら耳栓をして眠りについた。