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パタヤ日記(1)

<旅立ちの朝>


今日はいつもと違う朝を迎えた。
そう、今日はパタヤへ出発をする日なのだ。
今回の旅行のパートナーはU氏である。
さっそくU氏と待ち合わせをしてあるO駅へと向かった。
私はいつもと同じ発成田EXP11号に乗るため、30分ほど早くO駅に到着した。
早くO駅へ着いたため、まだU氏は来てはいないだろうと思い待ち合わせのホームへ向かうと、既にU氏はベンチに座りタバコをふかしていた。


はじめに話しておくと著者である私は今回でタイへの旅行は8回めであり、エアーインディア309便(成田12:00発)で出発するため、この時間のEXP11号に乗るのは3〜4回めである。
そしてU氏とパタヤに行くのも今回で3回めである。
このU氏とは、私が今勤めている会社に5年ほど前まで同じ課で働いていた昔の仕事仲間である。
このU氏の詳しい話をすると長くなるのでここではやめておく事にする。
パタヤ日記を読んでいたたければ、どの様な人物であるか想像できるため話を進める事にしよう。


私の日々の通勤時間は、まさにこの時間なのである。
最寄り駅からO駅で乗換え、T駅へ向かうこの5、6番線で、毎日この8時7分発成田EXPを見送り、8:12発普通電車に乗り仕事へ向かう日々が続いている。
私はいつも見送っている8:07発成田EXP11号に乗る事を期待し、夢を見てまたこの電車に乗りたいと日々感じていた。


本日は土曜日である。
私は土曜日は休みであるが、通勤で日々通るこのホームと、EXPを待ちながらホームを見つめているこの風景とでは全く異る様に感じた。
気持ちに余裕があるからなのかもしれない。
いつもと違う空気を感じているとEXPが到着した。
私は自動販売機でホットコーヒーを買いEXPへ乗り込んだ。
U氏はカメラ好きである。
まだ出発しないEXPの車内からホームを歩く女子高生をカメラのレンズでおっていた。


私がコーヒーを一口飲みはじめるとEXPは走り出した。
横浜、東京、千葉を通り過ぎ、2時間ほどしてEXPは成田へ到着した。
出発まで2時間以上あるが早めにチケットをもらい空港使用料をはらい中へ入った。
時間に余裕があったので、まず出国審査へ向かう前に本屋へ立ち寄った。
私は飛行中に退屈しないように文庫本を探し、U氏は週刊誌を探した後に出国審査をすませた。
私は免税店へ向かい1週間分のタバコとウィスキーを買い、頼まれていた免税品を探すため、いくつかの店へ足を運んだ。
私は本来免税品を買うのはあまり好きではないが、帰りのバンコクの免税店では頼まれた品が見つからないと思われたため、成田で買いものをして搭乗ゲートへと向かった。


いつもの事であるが搭乗開始時間が来るまでビールをたしなむ事にした。
日本のビールを飲むのも1週間後になると思った。
別にタイのビールが嫌いなわけでは無い。
好きなのかも知れないが、"オレに乾杯!"と心の中で叫んだ。
私はただ酒が好きなのである。
つまみは10円で買った餅太朗とサラミであり、いつもの事である。


ビールを飲み終えるとゲートに向かい搭乗を開始した。
飛行機の中は私は好きではない。
そして最もいやなことがこの後に起きた。
通路側の席にU氏が座り、その隣に私は座った。
今日はかなり混んでいるようだった。
そして、私の隣にデブのオヤジが腰をかけた。
"あぁーあー。"
辛い旅のはじまりであった。
始めはデブのオヤジは席の肘掛けに肘を掛けていなかったが、2〜3時間もすると肘を掛けてきて、とても窮屈な思いをした。
そしてデブの隣は暑かった。
まあ、バンコクまでは5〜6時間なので我慢をした。


機内の中では退屈である。
窓の近くであれば青い空、白い雲、青い海を楽しめるかもしれないが、私の座っている席は座席の真ん中で食事を済ませばイヤホンを耳にして時間をつぶすだけである。
機内ではシューと空気が流れる音だけが聞こえ、何もやる事はない。
隣ではU氏が日本で買ってきたタコのつまみを食べている。
私はイヤホンをして眠る事にした。


<バンコク到着>


やっと到着した。飛行機からゲートへ向かうときにバンコクへ着いたと実感した。
なぜなら日本の10度程の気温から30度を超える世界へ着いたのだ。
まさに体で変化を感じるからである。
これは私にとっては心地よく感じるのである。


まずは入国審査へ向かう。
ここがバンコクで時間がかかるところなのだ。
ただハンコを押すだけなのに、なぜこんなに時間がかかるのかと思った事がある。
何度かタイに来て分った。
それは早く仕事を済ませば人はそれほど必要が無く、多くの人が仕事にあふれる事になる。
ここは日本ではなく、タイなのだと。
入国審査を終え荷物を受取り両替を済ませると、空港の外へ出てガイドを探した。
ガイドはすぐに見つかった。


そうだ、今回のツアーはいつもと違う。
どこが違うかと言うと、普通タイのツアー旅行と言えばバンコクに着いた時またはバンコクから帰る時に必ずエメラルド寺院などの観光があり、1日を観光にあてることになってしまう。
しかし今回のツアーはバンコクの観光が無くパタヤ直行なのである。
バンコクでコカへ行けないのは残念であるが観光はもうこりごりであった。
そう、コカとは何かと言うと、タイ風しゃぶしゃぶの店であり、私がバンコクに立ち寄る際に必ず行く店なのである。
バンコクで1泊しないと言う事はパタヤに1日多くいられるのである。
このとき"帰りにでもコカへ行こう"と考えていた。


そして私達はガイドに連れられパタヤ行きの車の所へ向かった。
それはいつものパタヤ行きの車(バン)ではなく大型バスであった。
バスの下に荷物をつめ、その大型バスに乗り込み、2時間後に到着するパタヤを楽しみにしていた。
そしてこの時、この後に悲劇が起こる事など知らずに2時間のバス移動が始まった。


私達はバスに乗り込むと、後部座席を陣取った。
どうしても後ろの席をとる習慣があった。
私達以外の旅行者は他に4〜5人のグループと男女2人のカップルがいた。
カップルと言えば男女2人というのはあたりまえの事だろうと思うだろうが、私が以前このパタヤ行きの車で、おじさんと10代のタイ人の青年のカップルを見た事があったので、ここで男女2人のカップルがいたと言ったのである。
タイには美しい女性がたくさんいるのにかかわらずゲイが多いのはなぜ!?だろう。
それは私にもまだ分らないタイの不思議の1つである。


私達は後部座席の通路の左側にU氏が座り、右側に私が座り、それぞれ2人分の座席に腰掛けた。
いつもパタヤへ向かう風景は昼間であったが今回の移動は夜であった。
タイの道路は決して良いとは言えない。
このバスに乗っているみんなが、この乗り心地の悪いバスに苦しんでいると思いながらバンコクの夜景を眺めていた。
しかし、私だけがバスの座席から飛び跳ねる様に座っている事に気が付いた。
どうやら私が座っている所はバスの後輪の真上で、座席の取付が悪い事が分り、U氏の前に座る事にした。


バスはバンコクからパタヤヘ向かって走っている。
バスから眺める風景は日本とはことなる風景が写っている。
外には屋台が並び、人々が食事をしている。
バスの横には50ccのバイクが走り、その身なりはけして良いとは言えない。
タイの人々の普通の生活がそこにはあった。
普通の生活ではあるが、私にとっては力強く生きている感じがした。
あと目に付く物と言えば、ガソリンスタンドが目に付いた。
1つのガソリンスタンドは日本のガソリンスタンドに比べ10倍近く広いものであったが、客が入っていない所が多かった。
タイは車無しでの生活は考えられないため、それだけガソリンスタンドが多いのだろう。


よく海外へ行くと言うと、現実逃避だという人がいる。
この様な事を言う人は海外の旅を体験した事の無い人か、2〜3度、行事として海外へ出かけた人が言う言葉だと思う。
また、これ以外の人であれば、旅というものを現実として受け止めていない人が言う言葉であると思う。
たしかに日本には厳しい現実があるが、海外でもその旅先の人々は生活している。
その外国人の普通の生活とはどの様なものなのかを、彼らは知っているのであろうか?
それは日本人である私たちにはすぐに理解できないであろう本当に厳しい現実があるのだと思う。


寝る事、食べる事は日本人の私たちにとっては当たり前の事であり、どれだけカロリーを摂取しないかなどと考えている日本人とは異なり、どうやって一日一日を生き抜いて行こうと考えているのかも知れない。
しかし、日本人のぎすぎすした生活とは違う何かがあった。
それは厳しい現実で生きている中で、そこには微笑みがあるのだ。
そう、ここは微笑みの国、タイなのだ。
タイに訪れた我々にとっても、その場所で短い間ではあるが、生活するという事に現実があるのである。
外国の人にも厳しい現実があるのだ。
外国の人は日本人とは全く異なった金銭感覚をもっている。


日本人が裕福である事を外国の人も知っているからかもしれないが、以前こんな事があった。
バリ島へ行った時の事である。
町へ出てTシャツなどの買い物をしていた時、一人の年老いたおばちゃんが私たちの元に近より店のガイドをすると言うのだ。
私たちは断ったが、店を回るごとにひつこく付いてきた。
買い物も終わり店をでたところ、その年老いたおばちゃんがガイド代(ルピア)を請求したのだ。
私たちは頼んでもいないし、勝手に付いてきた人にお金を渡す訳も無いし、必要もなかった。
しかし、そのおばちゃんはガイド代をひつこく請求するのだ。
こちらも金を支払う気が無く、かなりもめた事を覚えている。
そのもめた金額は日本円にして20円くらいのものであったが、お金を払わなかった事を。
この様な事をバスの窓から見える風景を見ながら思い出し、バスは走り続けていた。


バンコクを過ぎると何も無い風景が続いた。
バスは夜の闇を通り過ぎバタヤへ向かっている。
バスは暗闇の中をバスの走っている音だけを残し走り続けている。
窓からは明かりがぽっんぽっんと見えるだけであった。
しばらくすると、丸い大きな電波塔が見えた。
あと30分でパタヤに着くことが分かった。
そして外の風景は何も無い所から人々の活気を感じる所へ向かっている。
外には「amazing THAILAND」の旗が見えた。
もうすぐパタヤに到着する事が分かった。


<パタヤ到着>


そして、私たちはパタヤに到着した。
バスはパタヤ地区の南端にあるサイアム・ベイショアホテルで他の旅行者をおろし、私たちが泊まるサイアム・ベイビューホテルへとバスは向かった。
バスから見る風景はまさにパタヤである。
やっとパタヤに着いたのである。
バスを降りホテルのロビーのソファーに座り、ガイドから5日分の朝食チケットをもらいガイドと別れた。
部屋まではボーイが荷物を運び、部屋の中でボーイに20バーツほど渡した。


時間は22:00前である。
初日はどこへ行こうか・・・。
まずは腹ごしらえをしようと考えながら、ジーンズから半パン、靴からサンダルへと着替えをすました。
そして、パスポートと日本円と今日使わないバーツを取り出した。
それから、それらを入れてセーフティーボックスへ預けるふくろをかばんの中から探す、探す、探す、無い、無いのである。
そのふくろは青いふくろであり、海外でセーフティーボックスへ入れる貴重品ぶくろとして幾度となく愛用しているふくろである。
そのふくろの中には日本からポケットの財布に入れた10万円以外に5万円、そして以前タイで使わなかった1500バーツを入れた財布をポケットの財布とは別にして分けていた。
私は二度三度かばんの中を探した。
しかし、二度と見つけることはできなかった。
盗まれたのである。
成田からドン・ムアン空港の間、または空港からパタヤへ向かうバスの荷台で盗まれたに違いなかった。
"やられた!チキショー。"
かなりこの時はショックが大きかった。
パタヤ初日のアクシデントであった。
しかしこのショックを引きずってはいられない。
"たかが5万ではないか"と自分に言い聞かせた。
でも今回のパタヤの旅費は7〜8万円であり、タイで5万円を使うという事はかなり遊べる金額である。
タイ人にとってこの5万円は私たち日本人にとってのボーナスと同じ金額を得る(盗んだ)事になるのだ。"チキショー"と思いながらも私は飯を食いにホテルを後にした。


ホテルを出て、まずどこへ行こうかとU氏と相談し、日本食レストランの赤門へ行く事にした。
赤門へ行くとシンハービールと赤門スペシャルを頼んだ。
シンハービールとはタイの普通のビールであり、赤門スペシャルとはステーキ、ご飯、サラダ、味噌汁、漬物のフルコースである。
これがかなりいけるのである。
海外でよくステーキを食べたが他の国のステーキは"これ牛肉?なのか?"と言う味であった。
日本のイトーヨーカドーの398円のステーキよりも比べ物にならないくらいにまずいものであった。
しかしここの肉は、かなりgoodなのである。


赤門を出ると、もう23:00近くになっている。
今日は初日であり時間も無いため赤門の横にあるパラディアムのタイ式マッサージへ行った。
ここは普通2時間で400バーツであるが営業時間が24時ぐらいまでのため、1時間分のマッサージ代200バーツを支払った。
私は、このパラディアムのタイ式マッサージ店の常連であり、今まで20〜30回くらい来た事がある。
お金を受付で支払うと次はマッサージをしてもらう女の子を選ぶため見渡した所、私が知っている子がいかかったので、始めての女の子を選んだ。
その子は22〜23才だったと思う。
名前は今は覚えていないがマッサージが終わったあとに写真を撮っていた。
その子はピースポーズを取り、私のアルバムにその写真が収まっている。
そう、よくタイの女の子の名前を聞く事があるが、これがなかなか覚えられないのである。
3文字ぐらいの名前なら覚えている事が多いが、それ以上だと名前を聞いた1分後にはその名前を忘れている事が何度もあった。


久しぶりのマッサージを受け私達はパラディアムのタイ式マッサージ店を出てしばらく歩いていると、目の前に象がいた。
象といっても象だけが歩いているわけではない、象使いの青年が子象を連れて歩いているのである。
青年は帽子をかぶり、切れたジーパンをはいているが足は裸足であった。
右手には金具がついた50cmくらいの棒を持ち左手にはコンビニでもらう様な白い袋の中にバナナが入っている袋を持っている。
その青年はバナナを客に売り、その客がバナナを象に与える商売をしているのである。
今までパタヤの町中で何度も象が歩いているのを見た事があった。
今回はじめてバナナを買い象に与えた。
時計を見ると24:00を回っていた。
日本は深夜2:00過ぎである。
私達は移動で疲れているため、"今日は、これくらいでかんべんしてやろう"と思いホテルに戻り眠りに着いた。

 


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